「ちょっと、待てよ……」「なんで、ソイツが来るんだ……」「何で、俺の部屋を知ってるんだよ……」 ディミトリの異常性を知っている大串たちは涙目だ。彼らの拠り所である男の強さとは次元が違うからだ。「俺は何でも知ってるよ……」 先ほどとは打って変わったように静かに返事した。「まあ、大人しく座っていれば、今回は目玉は抉らないよ……」 そう言うとニッコリと笑った。「……」 ディミトリは彼らを無視して部屋を横切った、そして、窓にから外を双眼鏡で覗き始めた。 担いできたディバッグに入っているのは勉強道具では無い。 双眼鏡や着替えなどを持ってきているのだ。「アイツは何やってるんだ?」「覗き?」「近所にお姉ちゃんが居る家なんかねぇよ……」「じゃあ、何やってんだよ……」「関わりたいのか? おまえ……」「……」「……」 大串たちが何かヒソヒソ話をしているのを無視して監視を続けた。彼らがディミトリの事をどう思うが知った事では無いからだ。 そして十五分もしない内に、件の不審車がやってくるのを見ていた。(やはり、そう来るか……) 黒い不審車はブロック向こうの通りに停まっていた。 これでディミトリは確信した。(尾行じゃないな……) 黒い不審車を睨みつけながら、これまでの事を思い返していた。 ディミトリの顔がみるみる内に歪んでいく。(追跡されているのかっ!) ディミトリは不審車の行動の謎が何となく分かった。裏を掻いたつもりだったが、追跡装置があれば意味がない。 日中しか監視しないのは行動観察のためだ。居場所は分かっているので夜間は見張る必要が無かったからだ。 先日の詐欺グループのガサ入れも彼らの入れ知恵であろう。「クソッたれ共め…… 何を考えていやがる……」 思わずディミトリが呟いた。「?」「?」「なんだよアレ……」「お前が聞いてみろよ」「いやいや、大串を訪ねてきたんだろ」「ざけんなよ。 俺は知らんよ……」「俺も無理っす……」 そんなディミトリの呟きを大串たちは不思議そうに見ていた。 いきなりやってきて何かを話するわけでもなく、双眼鏡で外を覗いてイキナリ怒り出す同級生だ。 正直、関わりたくないタイプだと全員が思っていた。(まあ、半分予想はしてた、仕組みがわかればどうってことは無いさ……) ディミトリは背負って
自宅。 家に帰ったディミトリはティーシャツを脱ぎ捨てた。アルミ箔を貼っているので着心地が最悪なのだ。 そして、自室の窓からいつも不審車が停車しているあたりを見張っていた。 大串の家を出た後に、近くのショッピングセンターで見張っていたが彼らは現れなかった。 今回はティーシャツを脱ぎ捨てて三十分程で彼らは現れたのだ。「つまり、上半身の何処かに有るのか……」 追跡装置の在り処が絞られてきた。ディミトリは祖母の部屋から姿見を借りてきて映してみた。 事故に有った時の傷跡は全身に付いている。結構な数があり、手術跡だらけでよく分からなかった。 昏睡状態になるような怪我だったので仕方が無い。「参ったな……」 手術跡を触ってみた。デコボコとした感触があるが、傷の跡なのか追跡装置が埋まっているのか不明だ。 ある程度には医学の知識があると言っても、傷病兵に対する簡単な血止め程度なのだ。(しかし、どうやって埋め込んだんだ?) 身体に何かしらの装置を埋め込むのは、普通に寝ているときでは無理だ。 痛みで目が覚めてしまうし、それだったらディミトリは覚えているはずだからだ。 作戦の時に犬に仕掛けたことがあるが、小型と言っても結構大きかった。 身体に埋め込むのなら大掛かりな手術が必要なはずだ。(普通に考えて埋め込んだタイミングはあの時だけだよな……) ならば、これはディミトリが昏睡状態の時に施術された事になる。 それが出来るタイミングはあの時以外に無い。(あのヤブ医者め……) 本人が知らない間に何かを体内に埋め込むことなど出来ない。やれるとしたら自分が入院していたタイミングだけだ。 祖母の話ではタダヤスは病弱だが、入院などしたためしが無かったそうだ。(つまり、ヤブ医者は奴らの仲間ということだ) 親身に相談に乗ってくれていたのは、追跡装置が無事かどうかが気に成っていたのであろう。 それとバッテリーの問題もある。ある程度の間隔で充電しないと動かなくなるはずだからだ。 だから、定期的に検査の為に病院に通わされるのであろう。 ディミトリには確信していた。(さて、どうする……) 少し手荒い方法で情報を引き出そうと考えていた。 その前に身体に埋められた追跡装置だ。取り出させる方法を考えねばならなかった。(幸い…… 俺は方法を良く知ってるからな……)
「な、何してんのよっ! アンタ頭おかしいんじゃないの!?」 甲高い声でオネェ言葉を叫び出したプリン金髪。四つん這いで逃げ出し始めたのだ。 ディミトリは笑いを堪えるのに苦労した。 うずくまったまままったく動かないモヒカン風金髪。若干震えていたような気がする。 絶叫して逃走しはじめたプリン金髪を、全速力で追いかけて後ろから蹴ってやった。 すると、ガリガリのプリン金髪は前のめりで転倒した。 その倒れたプリン金髪のボディに蹴りを入れ続けた。相手が反撃出来ないようにする為だ。 最後には顔面にサッカーボールキックをした。助走をつけて蹴るのだ。 これは強烈だった。そんな事をする奴などいないからだ。「うぅぅぅ……」 うずくまったまま動かなくなったプリン金髪。 肩で息をしながらモヒカン風金髪の方に目を向けた。 なんと、さっきまでうずくまっていたモヒカン風金髪がいないではないか。 強烈なフックをお見舞いしたはずだから歩くのもやっとなはずだ。(ええーーー。 やられている仲間を放置して逃げるのかよ……) ディミトリは呆れ返ってしまった。姿形も無い所を見ると逃げ足はピカイチのようだ。「ヘタレどもめ……」 ディミトリは吐き捨てるように呟いた。理由はどうあれ仲間を見捨てるやつは最低だと思っているからだ。 これは兵隊時代から身についている習性だ。「で? 何の用なんだ??」 ディミトリはプリン金髪に向き直して聞いた。 彼は俯いたままだった。泣いているのかも知れない。「な、仲間をボコったって聞いたんで……」「仲間?」 彼らの言う『ボコる』とは喧嘩に勝つ事らしいが、喧嘩なんぞに興味のないディミトリには不明な単語だ。「ええ……」「……?」 ディミトリは何のことだか分からなかった。「何のことだ?」「?」 もう一度聞き直すとプリン金髪の方が当惑してしまったようだ。「前にダチが病院から出てきたオタク小僧にやられたと聞いたもんですから……」 青い縞のシャツと目立たない灰色ズボン。選んだわけではない。コレしかタダヤスは持ってなかったのだ。 ディミトリは溜息をついた。オタク小僧と言われても仕方のないセンスだ。 タダヤスは生まれた時からカツアゲされる宿命だったのだろう。「ああ…… あの金髪の弱っちい奴の事か?」 ここでやっと思い出した。ボコッた
病院の診察室。 定期検診に赴いていたディミトリは診察室に居た。「その後、頭痛は起きますか?」 問診している相手は鏑木医師だ。 普段どおりの温厚そうな表情を見せている。「前の時のような酷い頭痛は無いです」「そうですか、それは良かったですね」「はい、ありがとうございます」「恐らくは脳の腫れが引いてきているのだと思いますよ……」 鏑木医師はカルテに何かを書き込んでいた。 その間にディミトリは診察室の中を見回していた。追跡装置に充電する何かが有るはずだからだ。 しかし、これと言って怪しげなものは見つからない。「先生に処方していただいた薬のお陰だと思います」「そうですか、それは良かったですね……」 褒められた鏑木医師はニコニコとしながら答えた。「それで…… 事故にあう前の事は思い出しましたか?」「それは無いですね……」「そうですか……」「……」「まあ、ゆっくりと思い出していきましょう」「はい……」 鏑木医師はにこやかに答えていた。 ディミトリもそれに合わせて模範的な回答を心がけていた。中身はともかく、表面上は優等生を演じることにしているのだ。 まだ、追跡装置の存在を知っていることを悟られてはならないからだ。「背中にシコリみたいな感じが有るのですが?」「そうなんですか?」「はい」「ちょっと見てみましょう」「お願いします」 鏑木医師はディミトリの上半身を脱がせて、背中に回って手術跡を触診しはじめた。 ディミトリはそっと振り向いては先生の表情を注視していた。「どの辺ですか?」「手術の縫い目のあたりですね……」「別段、違和感は無いようですが……」「シコリがあるなと思う時に携帯電話の受信状況が悪くなるんですよ……」「そうですか…… 何とも無いけどなあ……」「勘違いだと思いますよ。 縫っているので皮膚が引っ張られるのを感じ取っていると思います」 一応カマを掛けてみた。『受信状況が悪くなる』で何か反応があるか注意してみたのだ。 だが、鏑木医師は顔色ひとつ変えずに触診をしている。(ひょっとしたら違う医者が埋め込んだという可能性もあるな……) 表情を変えない鏑木医師は違うんじゃないかと思い始めた。「そう言えば先生って独身でいらっしゃるんですか?」「いや、結婚はしているよ」「へぇ、そうは見えないです」「珍し
好みの美人看護師に点滴の準備をされながら点滴の袋を見ていた。透明な液体で満ちている。 薬剤は点滴でゆっくりと入れる。作用がきついので時間がかかるのだと鏑木医師は話していた。 その際には腕に黒いバンドが締められる。締められるというより巻かれるという表現が正しい。 血圧を測る時に使うバンドに似てるがちょっと違う印象を受けていた。 だが、ディミトリは点滴の液が滴り落ちるのを見ながら気がついた。(そうか……) どうやって追跡装置を充電していたのか謎だった。だが、その方法が閃いたのだ。『電磁波充電』 電磁波があれば電流を生み出せるのだ。 コイルの中心を通過する磁力線が存在すると、そのコイルに誘導電流が流れる。 これをバッテリーに流し込んでやれば充電が出来るようになる。 こうすれば体内に有っても外からの充電が可能だ。電源コードは繋げる必要がない。 つまり、腕に巻いている黒いバンドは電磁波を起こさせているものに違いない。 点滴で腕に何か巻くなど経験したことが無い。せいぜい言って針がずれないようにテープを巻くぐらいだ。 処置をされる度に感じていた違和感はこれだったのだ。 鏑木医師が定期的に診察に来るように言うわけだ。ディミトリでは無く電源の残量が心配だったのだ。(間違いないな……) もはや確信に近いものがあった。(腐れゴミ医者め……) 追跡装置が腕に有るのなら、背中の違和感など勘違いだと言っているのが分かる。 彼はそこに何も無いことを知っているからだ。 信頼してただけに結果が非常に残念だった。怨嗟の焔が燃え上がるようだ。(さて、どうしてやろうか……) とりあえずは腕の何処にあるかを確認しなければと考えた。 それは自宅でも出来る。小型の超音波診断装置があるからだ。 本当は壁にある隠し扉を見つけるために買ったのだが、本来の使い方が出来るとは思わなかった。 襲撃の時には警察がやってきた事も有り使う暇が無かった。(最初からやっておけば良かったな……) 病院に来るまで買ったことを忘れていたらしい。 もっとも、背中を隈なく探すには一人では無理な話だった。小型なので見える範囲が狭いのだ。(以前に使った時には腹に撃ち込まれた弾丸を探す時だったっけ……) 衛生兵では無いので大雑把な位置が分からないとナイフで取り出せない。 金属は反応
自宅。 ディミトリは病院の事務室に侵入して、職員名簿から鏑木医師の住所を手に入れていた。 侵入と言っても誰もいない瞬間を見計らって室内に入っただけだ。 何故か不審がられなかったのは謎だが、業者か何かと間違えられたのだろうと考えることにした。 自宅はディミトリが住んでる市内であった。確かデカイ家がたくさんある地区だ。 帰宅したディミトリは携帯型超音波診断機を作動させた。超音波端末にローションを塗って自分の腕に当ててみる。 黒いベルトを巻いていた付近を真っ先に調べた。すると左腕の上腕に何かが有るらしいのは分かった。(こんな玩具みたいなのでも役に立つんだな……) 画像部分に白くて四角い物が映されている。金属なので超音波を全反射してしまうので真っ白なのだ。 位置関係を考えると腕の裏側に当たる部位だ。(確かに日本ってのは先進国なんだな) 妙なところで感心してしまった。日本の民生品は凄いものだと認識を新たにしたのだった。(此処じゃ目視では分からない訳だな) 確かに腕の裏側など見る機会はそうそうには無い。むしろ無関心なのが普通だろう。 そこに目をつけて追跡装置を埋め込んであるのだ。(こういう事に手慣れている組織だな……) 自分が相手しているのは諜報機関である可能性が出てきた。 警察であればこんな事はやらない。彼らは逮捕して威嚇して黙らせるのを得意としている。 諜報機関は対象の詳細な情報を得るのが目的だ。泳がせる為に追跡装置などを使いたがる。 そして目立つのを嫌がる。事件化するぐらいなら対象を抹殺するのも手口だ。 これは万国共通の習性なのだろう。 腕の後は身体のアチコチを超音波診断装置で見てみた。 見た感じでは腕以外に反応があった部位は無い。(とりあえずは此処までにしよう…… ヌルヌルして気持ち悪いや……) 全身がローションまみれに成ってしまったのでシャワーを浴びることにする。(ド貧乏国家の市民が先進国に行きたがる訳だな……) シャワーを浴びながらそんな事を考えていた。 先進国ではネット通販で色々な物が購入できるので便利だ。 レントゲン撮影なら確実だが、個人で手に入る代物では無いので諦めた。 大体の場所は分かったので、再び鏡に写して場所を探す。 すると薄っすらと細い線が見受けられた。ここが追跡装置が埋め込まれた手術跡に違
遮断カバーを付けて店に入り、道路に面したボックスを割り当てて貰う。 そこから道路を見張りながらカラオケを歌っていた。 三十分ぐらい歌っていたが彼らが現れないのを確認すると遮断カバーを外してみた。 ロシアのラップ歌手の歌を歌っていると、彼らがやってくるのが見えた。(どうやら遮断カバーは機能しているようだな) ディミトリは不審車を見ながらニヤリと笑った。 何故こんな面倒な事をしているのか言うと、こちらが追跡装置の存在を知っていると思わせないためだ。 カラオケボックスに入っているので、電波が不調だったのだと勘違いさせるためだ。 でなければ金の無い高校生カップルがラブホ代わりにしてる所なんぞに来ない。(結果は上々…… 帰るか、ここは臭くて叶わない……) 店を出ようとしたら大串が彼女と来店したところだった。 向こうは『うげっ』とした顔をしていたが、ディミトリは爽やかに挨拶して別れた。「何アレ、一人カラオケってダサくない?」「よせっ……」「どうしたの?」「良いから……」 そんな会話を背にしながらディミトリは帰っていった。勿論、不審車も距離を保って付いていった。 帰宅したディミトリは鏑木医師のスケジュールを思い出そうとしていた。 家に帰るより前に侵入して、色々と下調べをしたかったからだ。今夜は当直で留守にしているはず。 帰宅するのは明日の夕方以降であるはずだ。(御宅訪問は夜中だな……) 医者の自宅に押し入った。玄関の所に警備会社のシールが貼られているのが見えている。 金持ちだし防犯に気を使うのは当然だろうと考える。 警備会社の防犯システムとは窓などに振動センサーが付けられている。 つまり、ソッと開けてもセンサーが反応して警備会社に通報が行ってしまうのだ。 だが、ディミトリも対処法はいくつも知っている。強襲の作戦時にはセンサーに反応しない場所を調べてから入るからだ。 今回は二階の屋根裏部屋だ。そこには通気口があり、年中開いているのは見ていたからだ。 雨樋を使って屋上に上がり、天井裏にある納戸の窓から侵入してやった。(これじゃあ、まるで猿だな) 自分の事をそんなに風に例えてクスクス笑ってしまった。 家の中に侵入したディミトリは家探しをした。コレと言って目的が有るわけではないが手がかりぐらい欲しかったのだ。 だが、綺麗に
「若森くんじゃないかね…… 君こそ、何でここに居るのかね?」 だが、ディミトリを見て少し驚いたようだが冷静さを取り戻した。 鏑木医師は盛んに外の様子を気にしている。「見張りのことを気にしているんですか?」「……」「大丈夫」「連中は俺がどこに居るのか分からないようにしてあるんだよ」 ディミトリは左腕をまくってみせた。上腕には遮断カバーが巻かれていた。「それは……」「ああ、追跡装置が此処に埋まってるんだろ?」 ディミトリがニヤリと笑ってみせた。鏑木医師は明らかに動揺していた。 ここで知らないふりをするようならディミトリの勘違いだったが彼は分かっているようだ。「大丈夫、電波が出ていないのは確認してあるからさ……」「……」「ファンクラブのおっちゃんたちは俺が自宅に居ると思って安心しているのさ」「……」 鏑木医師は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。「さあ、知ってることを教えてもらおうか……」「な、なんの話だ!」 鏑木医師は知らない振りをしようとしている。「おいおい…… この段階で惚けても無駄だよ……」「俺は何もしらんぞっ!」 鏑木医師はなおも白を切り通そうとした。だが、無駄だ。「俺が元々誰だかは知ってるんだろ?」「……」「じゃあ、元の商売も知っている訳だ……」「優しく聞いて欲しいのか、激しく聞いて欲しいのか…… どっちだ?」 ディミトリの手には自作のスタンガンが握られている。「俺は激しい方が好みだがな……」 スタンガンをバチバチ言わせながら詰め寄ってみた。「わ、私は頼まれて『クラックコア』の経過観察をしていただけだ……」 鏑木医師は動揺を見せ始めた。やはり、この手の人種には目に見える暴力の方が効果があるようだ。 日頃から持て囃されているので、悪意を向けられることに慣れていない。そして、尋問されることにも慣れていない。 少し脅すだけで簡単に口を割ってしまう。「クラックコア?」 ディミトリは聞き慣れない用語に戸惑ってしまった。 詳しく話をさせようと、ディミトリが鏑木医師に一歩近づいた。バスッ 不意に鈍い音が窓から響いた。見ると窓に小さな穴が空いている。 それと同時に鏑木医師の頭が半分消し飛んでいくのが見えたのだ。(狙撃っ!) ディミトリはすぐさま床に伏せて、這いずって窓際に移動した。 状
「要するに大串のフリをして、売人に金を渡せって事か?」「ああ」「結構な金額になるだろう」「ああ、金なら用意する……」「……」「二百万程度だ。 俺の小遣いでどうにでも出来る」 ディミトリは自分の境遇が馬鹿らしくなって来るのを感じていた。二百万程度と言い切る中学生がいるのに、こちらは小遣いをやりくりしながら凌いでいるのだ。「タダじゃやらないぞ?」「十万くらいならお前にやるよ」 ディミトリは目を剥いてしまった。どこの国でも金持ちのボンボンは価値観が違うものだ。 まるで違う世界に生きているようなのだ。 それでも、ディミトリは引き受けるつもりだ。(そうか…… その売人をどうにかすれば、二百万が手に入るのか……) ディミトリは密かな企みを思いついていたのだ。 薬には興味無いが、金には大いに関心がある。何故なら渡航費用の一部に出来る。「金の受け渡し場所はどこだ?」 大串は川沿いにある倉庫を言ってきた。使っていた会社が潰れて無人なのだそうだ。 ディミトリはスマートフォンで地図アプリを呼び出して場所の確認をしてみた。周りに人家は無く、中小の工場が多い場所だ。 きっと、夜間には無人になっている事だろう。「それで金の渡しはいつやるんだ?」「今夜だ」 随分といきなりの予定でディミトリは面食らってしまった。「それは駄目だ。 俺には用がある」「え?」「塾が有るんだからしょうがないだろ」 もちろん嘘だ。ディミトリは受け渡し場所の下見に行くつもりなのだ。 行き当りばったりで実行しても、上手くいかないのは知っているつもりだ。これまでにも散々痛い目に遭っている。「金額が大きいから引き出しに時間が掛かると言えば良いだろ?」「ああ、分かった……」 今度は武器も有るし下準備の時間も有る。上手く行きそうだった。 大串との会話を終えたディミトリは教室に戻ってきた。大串たちはディミトリが代役を引き受けたので安心したようだ。 何度も礼を言ってきた。(乱暴者を装ってもヤクザ相手はキツイって事か……) そんな事を考えながら教室に入っていく。するとクラスメートの田島人志が話しかけてきた。「よう、まだモデルガンの空き箱探してる?」「いや、飾りたかっただけだから足りているよ」「いつでも言ってくれ、新しい奴は取ってあるからさ」「ああ、分かったよ。 あり
「それでクスリの売上が無くなったから、地廻りのヤクザへの上納金が用意出来ないと激怒してるんだよ」 薬物の販売はどこの国の犯罪組織にとって主要な収入源だ。自分の縄張りで商売を許す代わりに、上納金を要求するのは当然であろう。 そして、彼らは上納金の滞納は決して許さないものだ。必ずケジメを要求される。最悪の場合は自分の命だ。 だから、売人は激怒しているのであろう。「お前さんの彼女なんだろ?」「ああ、だから何とかしてやりたいんだけど……」「けど?」「俺の兄貴が警官やってるんだよ」「だから、それがどうした?」「揉め事を起こすと兄貴に迷惑がかかっちまう……」「お兄ちゃんが好きなんだ?」「ちょ。 か、か、関係ねぇよ」 大串が顔を真っ赤にしてしどろもどろに成ってしまった。ディミトリはニヤニヤしている。「お前の子分にやらせれば良いじゃないか?」「コイツラは顔が知られているから使えない」 大串は彼女を迎えに行く時に、自分では無く子分に行かせたのだそうだ。 その時に、クスリ云々を聞いてきたのだそうだ。「いや、若森ならこの手の話に慣れているような気がしてな……」「何で、そう思うのよ…… 俺は品行方正な男子中学生だぜ?」 ディミトリはすっとぼけた事を言い出した。 元々、中身が三十五歳という事も有り、中学生とは話が合わないので関わらないようにしていたのだ。 だから、真面目な中学生のふりをしているのだった。「お前が家に来たことが有っただろ?」「ああ」 追跡装置の所在を確かめる為に、大串の家を利用させて貰ったのを思い出していた。 上半身に有るのか、下半身に有るのか分からなかったからだ。 軍に居た頃なら検査機器で直ぐに判明する。だが、今はそうではない。 ディミトリは知恵と工夫で事態を乗り切って来たのだ。「あの後に警察が家に来て、お前のことを根掘り葉掘り聞いていったぞ?」「へえ」「何やったんだよ」「お前には関係ない。 俺の事には構うなと言ったはずだが?」「品行方正とやらの中学生を、警察が調べるわけがあるかい」「……」 大串は屋上のフェンスまで行ってディミトリを手招きした。 ディミトリが大串が示す方向を見ると白い普通車が停まっている。中には二人組の男が座っていた。 ポケットからスマートフォンを取り出し、カメラ機能を使ってズームアッ
「まあ、似たようなモノらしい……」 ディミトリに現実を突き付けられた大串は俯いてしまった。彼にも思う所が有るのだろう。「そんな事をやってるとは知らなかったんだ……」 大串が言い訳を付け加えてきた。(まあ、普通に考えてパパ活やってますなんて彼氏に言う奴はいないだろうな) そんな事を考えながらディミトリは返事に困ってしまった。 売春をやめさせたいと言われても相談にはのれないからだ。(それに、自分の彼女が売春をやっていたなんて事は信じがたいもんだよな……) だが、ディミトリは自分が呼ばれた訳が分からなかった。 他人のカップルの痴話喧嘩なんぞに興味が無かったからだ。 そもそも大串にも興味が一片の欠片も無い。「で?」 早くも教室に戻りたくなってきたディミトリは話の続きを促した。「それで、新しく引っ掛けた相手がクスリの売人だったみたいなんだよ……」 日本の学生というのは向こう見ずな所が在るらしい。 初めて合う相手に何の準備もせずに会いに行って、そのまま殺されてしまうという事件が時々マスコミを賑わせたりしている。(まあ、学校も親も教えないからなあ) 日本の教育というのは道徳を教えるが危険を教えない。 だから、何が危険なのかを知らずに育ってしまうのであろう。(それしても何でケツ持ちも置かないで危ない商売するかなあ……) 外国の売春婦は個人で営業する事が無い。客はスケベでどうしようもないクズだと知っているからだ。 客との間に揉め事が起きた時には、解決するための手段を持ち合わせている物だ。 そうしないと簡単に殺されてしまう。 危ないことをしたがる変態も多いし、殺しそのものを楽しむ狂人も同じ数だけ居るのだ。 だから、地元のマフィアに用心棒代を支払って身を守る。 厳しい現実を生き抜いていく為の知恵である。「それで、クスリをかっぱらおうとして、ブツを駄目にしてしまったらしい」 きっと、相手の男が自分を大きく見せようとして見せびらかしたのであろう。 チンピラなどに良くいるタイプだ。 実力以上の器を示して自分の虚栄心を満足させるのだ。 そして、女の方はそれを見て邪な考えに至ったという感じであろうか。 ディミトリは話の続きを聞いてズッコケてしまった。「えーーーーっと……」 突っ込みどころが多すぎて迷ってしまったのだ。 薬を売り捌
自宅。 追跡装置取り出しの手術が終わって数日は普通どおりに過ごしていた。監視の目がどこに在るのか不明だからだ。 朝、学校に行って体力づくりをして飯を食って寝る。普通の中学生を演じているつもりだ。 追跡装置は腕時計風にしておいた。日中は身につけておいて、追跡装置の存在に気が付いてない振りを装う為だ。 ある日の朝。学校に行くと大串たちが集まって何やらひそひそ話をしている。 ディミトリが通りかかるとピタリと止まったので、きっと良からぬ相談でもしているのであろう。 ディミトリは目の端で見えていたが無視をしていた。 午前中の授業が終わり昼休みになると大串の子分のひとりがディミトリの所にやってきた。「ちょっと屋上まで付き合ってくれ」 彼は何やら思いつめた表情ながらも、ぶっきら棒にで言ってきた。どうやら彼は、ディミトリと会話するのが苦手なのだろう。 顔にそう書いてあるような態度だったのだ。(まったく、懲りない連中だ) 朝の大串たちの様子からして、また喧嘩を売りに来たのだとディミトリは解釈したのだ。 子分の後に続いて屋上に出る階段を上る。 こういった設備は施錠されているはずなのだが彼は屋上へと通じる扉を開けた。 鍵を持っているか、或いはこじ開けたのだろうと考えた。(まあ、人目を気にしているのはお互い様だけどな) 開け放たれたドアの外に大串は居た。 大串は屋上の真ん中で仁王立ちしていた。虚勢でも張っているのであろう。「で、なんの用だ?」 ディミトリは大串に尋ねながらも、周りに気を配っていた。注意を引き付けながら後ろから襲いかかるのは常套手段だ。 相手が厄介な奴の場合、ディミトリならそうするからだ。 子分の一人は、階段の入り口を見張るように残っている。大串の側には一人しかいなかった。「お前に頼みがあるんだ」 だが、大串の口から出てきたのは意外な一言だった。「え?」 大串たちはディミトリに喧嘩では無く、相談があって呼び出したようだった。 頭の中でどうやって迎え撃つか、シミュレートしていたディミトリは拍子抜けしてしまった。「実は俺のツレが揉め事に巻き込まれてるらしいんだよ……」「誰?」「いつだったか本町のカラオケ屋ですれ違ったじゃないか」 ディミトリは追跡装置の確認の為に行ったカラオケ屋を思い出した。その時に大串が誰かと一緒だ
前回、気を失ったのは強烈な頭痛の時だ。痛みが限界を超えると気を失ってしまうようなのだ。 距離が離れているとでも言い訳しておけば良いだろう。(クラックコアとやらと関係が有るんだろうな) そう言えば前回の検診の時に、頭痛の事をやたらと聞きたがっているのを思い出した。随分と不審に思ったものだ。 今、思えば関係者であるのだから当然だったのだろう。 脳に色々と小細工するのは、人類にとってはまだ手に余るに違いない。鏑木医師が死んだのは色々と残念だった。(この失神する問題は早めに対処しておかないと、その内拙い事になるな……) 原因と対策がどうしても必要なのだ。ディミトリは違う病院へ変えようかと考え始めた。 それと同時に帰宅してから、痛みに耐える訓練方法を探そうと決めた。(後は追跡装置をどう使って一泡吹かせてやるかだな) アルミホイルに包まれた追跡装置を手に持ちながら思った。 腕から取り出した追跡装置は壊さないでおく事にしている。こちらが追跡装置の存在を知っている事を悟られない為だ。 それは、万が一の時に囮に使えると思っているからだ。「まあ、問題のひとつは解決できたかな……」 ディミトリは自転車に跨って家路についた。 翌日から痛みに対する訓練もメニューに加えた。しかし、思いの外に手術跡の痛みが酷かったが我慢していた。 医学生と言っても、まだ素人に怪我生えた程度だ。病院で行うのとは訳が違う。熱が出なかっただけでも幸運であろう。 ネットで検索した訓練メニューを試してみたが、結果は期待通りには中々いかなかった。「ネットだと痛みは無視できるようになると書いてあったけど……」 痛みは防御のメカニズムとして機能している。所謂、生存本能の事だ。痛みを伝えることで、生存が脅かされていると知らせる為にある信号なのだ。 つまり、痛みの伝達を阻害することが出来れば、痛みを無視出来るようになる……はずだ。 ディミトリは痛みに注意が向かないよう、気を紛らわせる事が出来る訓練を模索していた。「痛いもんは痛い……」 痛みは動揺や不安や絶望といった感情を呼び起こしてしまう。それを正反対の感情、つまりユーモアで置き換えてしまう方法がある。 アメリカの学者が行ったひとつの実験がある。痛みを耐える実験を行ったのだ。一つのグループにはコメディを見せながら実験を行い、もう
アオイの部屋。 ディミトリはボンヤリという感じで目を覚ました。 朧気な意識の中で見たのは、無機質な白い天井が有るだけだった。(知らない天井だ……) ディミトリの部屋にはアイドルのポスターが張ってある。それが此処には無い。 一瞬、病院かなと考えてみたが違う部屋である事を思い出した。(しまったっ!) ディミトリは息を吐き出すかのように起き出した。あまりの激痛に失神したようだ。 時間にして三十分程度であろうか。自分では平気なつもりだったが、新しい身体は慣れていなかったようだ。(まさか、気を失っていたとは……) 彼はすぐに自分の身体を調べた。左腕の手術跡には包帯が綺麗に巻かれている。 身体から取り出したと思われるものは、アルミホイルに包まれて机の上に置かれていた。 その横には自分の銃が置かれていた。 手にとって見ると弾倉は差し込まれたままだし、薬室には銃弾が装填されたままだった。(使い方を知らなかったとかかな?) 何より目出し帽が取られていて額にタオルが当てられていた事だ。 ディミトリの顔がアオイにバレてしまったようだ。適当な時期まで秘密にして置きたかったがしょうがない。「?」 ディミトリが訳が分からず戸惑っていると、アオイが部屋に入ってきた。 直ぐにディミトリが目を覚ましたことに気がついたようだ。「何故、銃を取り上げなかった?」「……」 彼女は壁に寄りかかったまま黙っている。 自分を脅していた相手が、少年だと分かったので恐怖心が無くなったのであろう。「手術なら終わったわ…… 上着を着たら出ていって頂戴ね……」「……」 彼女はそれだけを言うとディミトリを睨みつけた。「あの…… ありがとう……」「……」 ディミトリは礼を言ってペコリと頭を下げた。彼女はニコリともせず腕を組んだままだった。 銃で脅してきた相手が子供だとは思っていなかったのであろう。 ディミトリは踵を返して部屋から出ていったのだった。彼が持ち込んだ物はバッグの中に詰め込まれてある。 乗ってきた自転車の所まで来て、改めて痛みが残る左腕の包帯を眺めた。丁寧に巻いてある。(轢き逃げ犯とは思えないな…… 今後の事を考えたら俺の口封じをした方が良いだろうに……) どうやら彼女はディミトリのように悪知恵は回らないようだ。(自分だったら銃を奪って、最低でも
「準備が出来たよ」「じゃあ、上着を脱いで背中を向けてちょうだい……」 ディミトリが上着を脱ぐとアオイが息を飲むのが分かった。背中には手術の跡が縦横無尽に走っているからだ。 すべて交通事故の跡なのだが彼女には分からない。それは彼女が入った時には、ディミトリが退院した後だったのだ。「……」 銃を手に持った男が入ってきて、手術しろと言われたら訳アリの男だと分かったのだろう。 手術跡の事は何も聞いてこなかった。「そんなに深くには埋まってないはずだ……」「……」「指で触ると分かるぐらいだからね」「ええ、有るわね……」 アオイは腕を指で押しながら答えた。「皮膚の下、五ミリ程の所に筋肉に載せるような感じで埋まってると思う」「麻酔無しだから相当痛いよ?」「ああ、ある程度は覚悟している……」 ディミトリは自宅から持ってきたナイフを渡した。入念に砥石で研いでおいた奴だ。 手術用のとは比べて切れ味は劣ると思うが、普通の家にある包丁よりはマシなはずだ。「これがバレたら医師免許が取れなくなるわ……」「バレなきゃ良いのさ……」 アオイは少し深呼吸をして、ディミトリの腕にナイフを充てがい力を込めた。 ディミトリの上腕に何か冷たい感覚が走り抜けた。 ホンの数秒遅れで激痛が腕を駆け上がってくる。「そうなったら恨むわよ……」「大丈夫。 人に恨まれるのは生まれた時から慣れている……」 そう訳の分からない事をいった。「……」「グッ……」 アオイの荒い息使いが聞こえてくる。彼女も手術には慣れていないようだ。「麻酔も無しで……」 ブツブツ言いながら手術を続けている。 どんなものかは不明だが、簡易型の超音波検査機にかかるぐらいだ。金属片で有ることは間違いない。(そう言えば、犬の首に埋め込むタイプの盗聴器があると、ロシアの連中に聞いた事があるな……) 体液に含まれる塩を分解して発電するタイプで微弱な電波なら出せるらしい。 それを近くで受信して増幅してから送り届けてくれるすぐれものだ。 諜報機関の技術開発は凄まじい勢いで進化している。信じられないものが盗聴器だったりするのだ。(犬に可能なら人間でも可能か) 自分は犬と同じ扱いなのかと思うと笑いが出てきてしまった。 アオイは腕を切られようとしてるのに、クスクス笑いをするディミトリを不思議そうに
アオイの部屋。 アオイが帰宅して部屋の明かりを点けると、部屋の真ん中にマスクを被った男が居た。「やあっ!」「誰?」「しぃーーーーっ……」 マスクの男はディミトリだ。 彼は静かにしろというように口元に指を当てながら、銃をベッドの方に向けて引き金を引いた。パスッ!「ひぃっ」 軽い音を立てて葵のベッドに有った枕が跳ね上がった。 後、何発撃てるか分からないが減音器は役に立っているようだ。「おもちゃじゃないよ……」 そう言って銃をアオイに向けた。「お金はあんまり持ってないです……」 銃を向けられた葵は怯えている。実社会に置いて実銃を向けられた経験を持つ者は多くないはずだ。 アオイも無機質な銃口を向けられてパニックに成ってしまっている。「まあ、座ろうよ。 君をどうこうしたい訳じゃないんだ……」「……」 ディミトリは部屋の中央にあるテーブルの前に座りながら手招きした。 アオイは大人しくディミトリの前に座った。「あの病院関係者の駐車場で車を見つけてさ……」「……」「お姉さんは医療関係の人何でしょ?」「……」 アオイはコクンという感じで頷いた。「何やってる人なの?」「医学部に在学中の医者の卵です……」 医学生と睨んだ通りだった。次週から始まるインターン研修の為に病院に来ていたのだそうだ。 女は兵部アオイと名乗った。推測した通りだ。ディミトリの銃を恐ろしげにチラチラ見ている。「この写真を見てくれ……」 ディミトリは追跡装置が写っている画像のプリントを見せた。簡易超音波検査機で自分の腕をスキャンした画像だ。 モノクロの画像だが何やら四角いものが写っているのは分かる。「?」「ここに写っている四角い奴を取り出して欲しいんだ」「なんですかコレは?」「腕の中に埋め込まれている」「そういう事でしたら病院に行ってください……」 取り出すということは手術が必要だと理解できたようだ。 まだ、経験が浅いアオイは当然断ってきた。 切除手術など家で気軽に出来るものでは無い。 手術ということは身体にメスを入れる事だ。剥き出しの患部では病原菌に感染しやすくなってしまう。 一般家庭で無菌状態など作り出せないからだ。「それが出来ればそうしてるさ」 ディミトリは説得を続けた。自分では手術が出来ないので仕方がなかった。「私には無理で
手袋をした手でドアをそっと開け、素早く室内に潜り込んだ。 人目に付くのを避ける為に扉は極力静かに閉める。開閉の音や振動は案外響くものだ。 もちろん、目は室内を睨んだままだ。(どうも~お邪魔しま~す) ドアの前でしゃがんで室内の様子を伺った。もし、誰かが居るようならすぐさま脱出する為である。 身体を動かさずに首だけをゆっくりと動かし、人の気配を探っていたディミトリは立ち上がった。(誰も居ないんですよね~) おもむろに室内に足を踏み入れる。 空き巣狙いであれば、室内の物色にかかるところだが今回は違う。 部屋の主に用事がある。なので、部屋の中を調べていく事にする。(さあ、どういう人物が住んでいるのかな?) 誰も居ないことは確認済みだが、静かに部屋の中を移動していく。 ベッドに机にちゃぶ台・タンスと質素な暮らし向きらしかった。余計な装飾品が無い。 トイレや台所も清潔に保たれているようである。(ええ、真面目な人なの?) 室内の本棚には医療関係の本が多かった。それも家庭用ではなく医者の使う専門書の類だ。 中には外国語で書かれた背表紙も見受けられる。(睨んだ通りに医者の卵という事か……) 次にタンスの引き出しを下から開けていく。上から開けると上段の引き出しが邪魔になるからだ。 因みにコレは窃盗犯が行うやり方だ。短時間で家探しが出来るのだ。 ベテランになると五分もあれば一部屋分の家探しが完了するらしい。(むむむっ! コレは……) とある引き出しを開けた時にディミトリの手が止まった。 そして、コレまで見せたことが無い様な険しい顔付きになっていった。「うーむ……」 その引き出しには色とりどりの下着が詰め込まれていたのだ。恐らくアオイのモノであろう。 何となく良い香りがするような気がする。(ををを…… 眼福眼福) 下着入れを開けてしまったディミトリは何故か喜んでしまっている。 一枚取り出して目の前に広げてみたりしていた。しばらくニヤニヤと眺めていたがハッと気がついたことが有るようだ。(いやいやいやいや…… 目的が違うし……) そんな場合では無いと、被りたい衝動を抑え込んで引き出しを元に戻した。 洋の東西を問わず年齢がいくつであろうと、男というのはしょうもない生き物なのだ。(ふん、男関係するものは何も無しか……) ディ